1951年 5月25日生まれ。鹿児島市出身。ラ・サール高校、東大文学部哲学科、卒。
1976年日活入社。
鈴木清順、市川崑、根岸吉太郎、大林宣彦などの助監督を努める。
1982年、『犯され志願』(日活ロマンポルノ)で監督に。1985年日活退社。 1983年に日活児童映画を一本撮っている(『ボクのおやじとぼく』)が、退社までの三年間にロマンポルノを八本撮っている。 計9本、一年に三本。 1986年、桑原譲太郎原作の『ボクの女に手をだすな』(小泉今日子主演)で一般映画監督デビュー。
1990年『櫻の園』
女子高校の演劇部員たちの友情と衝突を描いた青春劇。 20人以上の部員達全員をオーディションで選出し、極普通の少女たちの群像をリアルに描いた。
1991年、『12人の優しい日本人』 。脚本は三谷幸喜。 戯曲の映画化に挑んだ。
1993年、福原伸行原作のオリジナルビデオ『闇金の帝王』を監督。 普通に劇場公開される本編を何本も撮っている監督がVシネマを作るのは異例だった。
2002年、『コンセント』と『富江最終章・禁断の果実』(宮崎あおい主演) で、ホラー映画を監督。
2005年、TBS系列二時間ドラマ『ウメ子』(阿川佐和子原作)。 そして、今年再び同名タイトルの『櫻の園』。
こうしてみてくると、
常に新しいことへチャレンジしていく人の様にみえる。
映画もテレビもVシネマも、表現形式に拘ることもなく、ましてポルノだろうが児童映画だろうがホラーもやれば少女たちの青春劇もやるし舞台演劇の映画化にもチャレンジしていく。
たいしたものだと思う。
今回あらためて(私は「ロマンポルノ」と題して前記しているが)日活ロマンポルノ作品一連をながめてみたのだけれど、 日活ロマンポルノで活躍した出身監督の中でも、中原俊はなかなかユニークな存在だと思った。 似てるかな?と思われるのは金子修介くらいか。? 金子修介は『1999年の夏休み』があるし、モスラだったかの怪獣映画も撮っているし。
- 2008/11/18(火) 22:03:43|
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私にとっての映画「桜の園」は、1990年のものである。
アルゴ・プロジェクトの配給だった。
なので製作は、岡田裕(ニューセンチュリープロデューサーズ)。
監督、中原俊。 原作、吉田秋生。
出演、つみきみほ、中島ひろ子、など。 その他、私が知ってる様な役者は見当たらない。
ほとんどの出演者をオーディションで選んだそうだ。
映画の、と特にことわったのは、ご存知のごとく、チェーホフの戯曲があるからだし、漫画もあって、この映画は吉田秋生の漫画を原作にしている。
その漫画はみたことがないし、ましてチェーホフの戯曲をや、です。(^^ゞ
さらには、この映画、だいぶ前のことで、記憶がだいぶ怪しい。
私としては、中原俊監督の映画は「12人の優しい日本人」の方がよかった、そんな印象が残っている。
が、この映画、1991年のいろんな映画賞を受賞し、中原俊の名を有名にした。
今時、公開されている『櫻の園』は、同じく中原俊監督、だが、 どうやら監督自らの企画ではない。 主演?女優 を抱えてるオスカーの社長の企画。 奇しくも、福田沙希は1990年生まれだそうで。。 前作のリメイクではないそうだ。
中原俊監督に関しては、別記したい。
- 2008/11/18(火) 00:18:40|
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上村 佑、著。 宝島社文庫。 ¥476――裏表紙の本作紹介文より。 「ハゲデブ貧乏……世の不幸を全て背負ったような中年オヤジ須賀啓一は、齢50にして初恋をした。相手は通勤電車で見かけたかわいい女子高校生。ブログへの悪質な書き込みから、この女子高校生が拉致され、啓一は彼女を助けだすべく、チンピラオヤジ、引きこもり少年とタッグを組み、救出に向かう。 心にキュ〜ンと響く新感覚ラブストーリー」 作者は昭和31年生まれで俺と同じ年。東京都出身、在住。 2006年、本作で第二回日本ラブストーリー大賞受賞。2007年10月から、nietyのココログ小説で『セイギのチカラ』を連載開始。 ――だそうだ。 今日はお休み。
これまた、久しぶりに書店に入って、たまたま見つけてしまって。
もちろん即効購入。!(^^)v これから読みます。〓(o^o^o) 読後感は 後で、コメントに書きこんどこ。
来年映画化が決まってて、監督は『キサラギ』の佐藤佑一。 で、配給が、、あの、?エイベックス・エンターテイメント。 もちろんあのエイベックス関連会社でしょ。? 松浦氏も多賀英典をめざすかな? ちなみに。
第一回日本ラブストーリー大賞受賞作品は、『カフーを待ちわびて』 。 作者は、原田マハ。
これまた映画化。来春公開だそう。
……ん〜〜〜〜〜
こういうのは、やっぱ映画化的にもそこそこペイできるもんかも。
映画にしないてはないってか?
- 2008/11/17(月) 15:58:48|
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あそこで、角川春樹がいなかったらフジテレビが映画制作に参入してこなかったかも、と書いたけど、
そうでもないかな、と。 ちょと古い情報になるけど、2006年 7月号の日経エンターテイメント。
特集に「日本映画絶好調」と題して、10の変化をあげていた。 1. 客層が変わった。
若い女性が邦画に集まり洋画を超えるヒット。 2.公開本数が変わった。テレビ局主導の大量生産体制、劇場公開邦画急増。 3.公開規模が変わった。シネコンの普及で公開スクリーン数が増えた。 4.配給戦略が変わった。洋画メジャーのワーナーが邦画に進出。 →『デスノート』の配給、『マトリックス』シリーズと同じく、二作の連続公開。 5.観客のニーズが変わった。 マンネリ洋画より多彩な邦画に人気。 6.女優が変わった。
F1層(20〜34歳の女性)を呼び込むために、観客と同世代の女優を積極的に起用。 7.音楽が変わった。
劇中で70曲が流れる『嫌われ松子の一生』 8.ロケ地が変わった。
フィルムコミッションでご当地映画が急増。 9.作り手が変わった。
作家主義から観客主義のクリエーターへ、世代交代。 10.製作現場が変わった。最強ヒットメーカー軍団「ロボット」の秘密。
俺が思ったのは、遅かれ早かれテレビ局は映画製作に乗り出しただろうということ。 角川春樹氏の映画製作成功?がなかったにしても、IT革新の流れは進んだはずで、となれば、テレビ局会社における広告収入への依存度をなんとかせないかん必要性は高まったはずで、企業努力の必然性から当然、そうなるはずだったろうと、 思ったのだが。? 映画会社はダメだったのではないか? 古い映画人たちはテレビ局を敵視していたから。 (こういう気持ちは解らないではないけれど。つまり、俺もどっちかってぇと映画黄金時代の影を引きずってる方だから。)
映画製作におけるニューウエィブはテレビの方から起こるのが当然だったろうと、そんな感じがしたりする。 話しはいささか脱線するが。
俺がケータイをもったのは忘れもしない1996年のことで、黒色の、ボタンのでかいようなやつだった。 それからしたら、この10年来の技術進化たるやすさまじいものがあると、つくづく感じてるのである。 映画、いや、映像(インターネット配信等のディジタル映像)製作の世界も当然変わるわけでありますなぁ。
視聴率云々のことも含めて、テレビ映像を創るのと同じ様に映画を創られたんじゃたまらんなぁという気持ちも解る(何しろ俺は古い方の人間だから(^^ゞ)けれど、なお承知のうえで、やはり『踊る大捜査線』はおもしろかったし、いい作品もあったと認めるものである。
時代の趨勢は如何ともしがたいだろうと思えてしまう。 (俺は取り残され組だけど。?)
さすがに、日活(ひらがなの「にっかつ」ではなくて)の、渡り鳥シリーズやら裕次郎映画やら、東宝の若大将シリーズやら、総天然色映画やらピンク映画やら、ましてや小松左京氏が自叙伝(タイトル忘れた)で書いていたごとくの、戦後闇市焼け跡派世代での、斎藤寅次郎監督の映画体験とか、まさに映画を見ることそのものが娯楽の王道だったような、現実が厳しいが故に求めた渇望のごとくの映画体験とかは、知る由もないけれど。
も少し後です。俺は。
ゴジラ、ガメラ、大魔神、 洋画だったら、「ある愛の詩」「小さな恋のメロディ」「ベンハー」「理由なき反抗」 の辺りかな? 時代背景、不確か。 (*^_^*) けれども、20歳代、東京で名画座にさんざんお世話になった世代。
池袋文芸坐早稲田松竹三鷹オスカー飯田橋ギンレイホール銀座並木座新宿蠍座自由が丘推理劇場渋谷全線座・・これらについては前に書いた。
- 2008/10/20(月) 23:25:17|
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………………
せつないものが多いかな。。
『忘れられた人々』R・ビニュエル、『道』F・フェリーニ、『自転車泥棒』V・デ・シーカ、『鉄道員』P・ジェルミ、『禁じられた遊び』R・クレマン、『さらば青春の光』フランク・ロダム(英国)『チャオ・パンタン』クロード・ベリ。
それから、
ルネ・クレマンのはもひとつ、『太陽がいっぱい』。
『灰とダイヤモンド』A・ワイダ、『魔術師』『野いちご』イングマル・ベルイマン、『まぼろしの市街戦』フィリップ・ド・ブロカ、『キャラバン』エリック・ウ゛ァリ。←これはネパールやイタリアやスイスとの合作だが。
『勝手にしやがれ』J・リュック・ゴダール、『アデルの恋の物語』F・トリュフォー、 リュック・ベッソンのは、『サブウェイ』『ニキータ』『レオン』『TAXI』
リュック・ベッソンは別にして、 ルネ・クレマン。
もひとつ、『雨の訪問者』(チャールズ・ブロンソン主演)も見てた。
しかし、『太陽がいっぱい』 の音楽、いいなぁ。 ニーノ・ロータ。 撮影、アンリ・ドカエ。 主演、アラン・ドロン。
1960年公開。 112分。
- 2008/10/10(金) 21:48:11|
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キティ・フィルムやアルゴ・プロジェクトに関して書いたから、やっぱ角川映画についてもふれとこう、かな。
角川映画、っていったら、やっぱり角川春樹でしょ! 正確には違うそうだけど。 つまり、角川春樹がトラブって角川書店グループの経営から去って以後、弟が角川書店の社長になってから角川映画(株)ができてるんであって(倒産した大映を買収したり日本ヘラルド映画を吸収合併したりして)、 角川春樹が映画を作りだした時期の制作会社は、角川春樹事務所。
ともかく。
角川春樹プレゼンツの映画、ということで。
第一作は、1976年、『犬神家の一族』 そもそもは、角川書店の書籍、主に文庫本の売り上げアップを狙って映画に手をだしてきた(つまり前年にATGでの『本陣殺人事件』に宣伝協力費として50万円出資、ついで松竹と組んで『八つ墓村』を作ろうとしたが松竹側の都合で延期になった)のだけれど。
自分で作ろうと決め、翌'77年第二作め『人間の証明』では、キャッチコピーまで自分で作ったそうだ。 「見てから読むか、読んでから見るか」「母さん、僕のあの帽子、どこへ行ったんでしょうね?」
桁外れの宣伝費を投入。
これが見事に大成功した。
以後、メディアミックス路線をたどる。
1980年代に入ってからスターダム路線を創出。(薬師丸ひろ子の『野性の証明』は1978年だったが)
薬師丸ひろ子、渡辺典子、原田知世は、角川三人娘と呼ばれた。 かつての映画全盛期のスターのごとく、映画以外でのメディア露出をしなくて、角川三人娘を見たくて映画館に足を運ぶ観客を出現させた。
新進の若い監督(当時)、大林宣彦森田芳光井筒和幸根岸吉太郎相米慎二、たちを積極的に起用、 支払う演出料も破格だったそう。'80.『復活の日』『野獣死すべし』
'81.『スローなブギにしてくれ』『ねらわれた学園』、『セーラー服と機関銃』←これは、なんとキティ・フィルムと角川春樹事務所との合作だ。!!しかしこれ一本のみ。'82.『蒲田行進曲』『伊賀忍法帳』『汚れた英雄』
'83.『幻魔大戦』(アニメ)『探偵物語』『時をかける少女』
'84.『晴れときどき殺人』『メインテーマ』『Wの悲劇』『麻雀放浪記』
'85.『二代めはクリスチャン』『友よ静かに瞑れ』『早春物語』 以下略。
まさにイケイケだった、けれども、'80年代半ばから、フジテレビが映画制作に参入、'85年に薬師丸ひろ子が角川春樹事務所を退社、
'90年代に入って、『天と地と』の後の『ルビーカイロ』が興行的に失敗、これが弟との対立を生み角川家のお家騒動が勃発、角川春樹が薬物所持で捕まり、
これまでの角川春樹時代は終わった。 以後は略。
さて。
角川春樹と多賀英典。 共通してるのは強烈な個性か。?
何事か新しいことを始める人というのは、それなりに個性的であり、であるが故に敵?も作りがちだったりする。 敵というか、その人に合う人と合わない人とがはっきりしていると思う。 そして、二人ともやはりトラブって自らが設立した場を去っている。 基盤のフィールドは音楽界と出版界 と違っていたけれど、その世界の中だけに留まっていなかった。 多賀英典は、けれどもやはり音楽界の人間なのかもという印象あり。 歴代LPレコード売り上げベスト5の内三つも彼が手掛けていることと、角川春樹の映画制作におけるカリスマ性のこととを思えば、映画界においてはやはり角川春樹には並べられない感じがする。
もちろん、比べるべきことではないが、それだけ角川春樹の話題性はすごかった。(けれども、当時の映画に、あの火の鳥マークのハルキ・カドカワのロゴはもはやない。角川春樹は著作権を主張したようだが。。日本の音楽市場にキティの名もなくなっている。)
単なる映画制作者だけでなく、日本の映画界に革命?をもたらしたのだし、社会的にも時代を牽引したといえよう。
彼の映画制作の成功がなかったら、フジテレビが映画制作に参入してこなかったかもしれないし、となれば『踊る大捜査戦』も生まれなかったかもだし、 制作委員会式の映画制作方式が発達したかどうか? ひいては、それは企画力と才能ある監督たちの活躍の場が拡がらなかったかもということにもつながるだろう。
功罪相半ば。
つまりは、たいしたもんだってことでしょう。
- 2008/10/06(月) 00:24:40|
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泣けた。 何度も。
つっつこうと思えばツッコメルあら?はいくつかある。
幼少から習ってきていて他の楽団へ移れなかったんだろかとか、納棺の仕事をやめなかった訳が今いち?とか、、銭湯に入ってるシーンで湯気なかったし。
?あ。あと、しかし、広末涼子の物言い、ブリッコぶりな?しゃべり方があたしゃどぉも……『鉄道員(ぽっぽや)』の彼女は良かったがなぁ・・
まぁ、それでもなお、泣かされてしまった。
私もすでに何度となく、親戚や友人知人の死に出会ってはいるのだけれど、
こういうことは思ったことなかったなぁ…… そうそう。火葬場でのシーン。。 笹野高史や杉本哲太も、またいい。
石文(いしふみ)っていうのも、いいなぁ……
すてきなシーンがいくつも出てくる。
映像シーンの力、というべきものを見せ付けられた。言葉や文字ではうまく表せられない、まさに映画の感動だと思う。
監督・滝田洋二郎
脚本・小山薫堂
音楽・久石譲
出演・本木雅弘、広末涼子、山崎努、余貴美子、杉本哲太、峰岸徹、山田辰夫、吉行和子、笹野高史。 【メモ】
滝田洋二郎、他の監督作品。『タイム・アバンチュール絶頂5秒前』『コミック雑誌なんかいらない』 『木村家の人々』『病院へ行こう』『僕らはみんな生きている』『眠らない街・新宿鮫』『お受験』『陰陽師』『壬生義士伝』『バッテリー』
………………
佐久のアムシネマにて。
ほんとに久しぶりのアムシネマ。今日は入場料1000円だった。
- 2008/10/03(金) 21:38:24|
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